デンマークの高福祉制度をいかに日本に取り入れるか


 寝たきり老人が多くいる日本から寝たきり老人のほとんどいない北欧の小国デンマークへ行き、そのからくりを学ぶのは私にとってかなり刺激的な事であった。デンマークは九州位の大きさの国土に約500万人の人達が質素に生活している国であり、経済は日本ほど豊かではない。デンマークのことを語るキーワードは多い。「アンデルセンの国」「バイキングの国」「高福祉高負担の国」・・・等。

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1.「30年前のデンマークと現在の日本の状況は酷似している。」

 1960年代のデンマークにおいては、高齢化率は約13%(現在の日本は13%)、専業主婦は7割で高齢者の介護の担い手は女性(デンマークでは1960年代より女性の社会参加が始まり、1990年代には専業主婦はほとんどいない。やっと最近、日本では女性の社会参加が始まりだす)、病院への社会的入院が問題になりだす。
 現在のデンマークの高齢化率は17%。ゆっくり30年かかって増え続けた高齢者。日本では1990年から10年間で、高齢化率は13%→18%へとデンマークの3倍の速度で高齢社会へと突入する。試行錯誤しなが30年かけて彼らが創りあげた高水準の施設ケアと在宅ケアの制度に我々は10年で追いつかなければならない。

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2
.「高齢者が寝たきりでいるのはよい事か?」

 日本における寝たきり老人の90%は寝たきりにさせない事ができる。伝統的に親を大切にするアジアの大国・家族介護の国、日本でどうして寝たきり老人が増え続けるのか?
 寝たきり老人の実体は「寝かせきり老人」と「寝たふり老人」である。
 「親を大切にしなければならないという社会的要請が日本の女性にのしかかる」→「かゆい所まで手が届く程面倒をみる(「ようできた嫁」という言葉に代表される)」→「高齢者が自分でできるはずの事まで周囲の人達がしてしまう」→「動かない」→「寝かせきり老人」;「今まで一生懸命育てた子供だから親の面倒をみるのは当然の事」→「何でもしてもらって当たり前なのに、手をぬいている」→「寝たふり老人」という二つが日本独自の寝たきり老人大量生産の原因である。
 「何でもしてあげる、して貰う」事が愛情だと考える日本、「自分のできることは自分でした上で、高齢者が引け目を感じる事なく一人でも生活していける環境を整える」事が愛情だと考えるデンマーク、我々はどちらを選ぶのであろう?

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3
.「家族介護か社会介護か?」

 日本では親の面倒は家族がみるべきであるとの考えが依然として強い。「家族は親に愛情をもっているはずだ→もつべきだ→愛情があれば何でもできるはずだ。」という幻想があるように私には思われる。介護の肉体的・精神的負担が愛情を上回り、にっちもさっちもいかない状況を患家にて我々医師はみる。「愛情があれば何でもできるはずだ」と考える日本人、「できるはず」の担い手はいつも女性だ(嫁・妻・娘)。全ての嫁・妻・娘が家庭内の高齢者に100%愛情をもっていると我々は思っているのだろうか?私には疑問に思える。人生50年と言われていた時は、少しの間の辛抱で「うまく親を見送れた」はずだが、今はその続編が延々と続く。そんな中で愛情は長く続きようがなく、時として憎悪に変わる事だってある。
 「日本古来の家族制度を重視した日本独自の在宅ケア」なんて、言葉だけみれば美しい。「いたれりつくせり」の介護は短期間は通用するが長期間は通用しない。
 一方デンマークでは、その弱点を公的介護(社会介護)の徹底化でのりきっている。介護の担い手は高度の教育を受け、高い技術をもったヘルパーと訪問看護婦だ・デンマークの全人口500万人に対し、ヘルパー3万人、訪問看護婦4500人。これを左京区に換算すると、ヘルパー1000人(現在の左京区:常勤ではない登録ヘルパー170人)、訪問看護婦150人(現在の左京区:約8名)がいる事になる。このような公的介護の徹底化により、家族は肉体的負担なく、精神的な介護を余裕をもって行える。デンマークの人達は、「家族に非常な負担をかける中では愛情は保てない。愛情とは対等な人間関係の中にこそ生まれてくるものだ。高齢者にとって家族とは精神的支えの方が重要なのだ。経済生活も含め互いに自立した親子関係が大切だ。」と考えいるようだ。「親の介護」を親への愛情の踏み絵とする日本とは、かなり異なる考え方である。

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4
.「当たり前の人が気負わず、しっかりした技術をもって介護・看護できる。」

 日本でも何年か前から、先進的に在宅医療・介護に取り組んで、良い成果をあげている極少数の人達がいる。しようと思っても色々な重圧のため、志し半ばで諦めざるを得ない人達も多くいる。日本でやって行くには強固な意志と、限りない奉仕精神をもった「聖人君子」の人達でなければならない。
 デンマークでは高齢者介護・看護を担うのはそのような「聖人君子」ではなく、当たり前の人がきっちり教育を受け、己の生活を犠牲にする事なく、当たり前のようにやってのける。デンマークの社会の奥深さを見る思いだ。例えば、ヘルパー・看護婦は週37時間の労働だし、夜勤にいたってはそれ専門もあって週37時間の夜勤をすれば、翌週1週間は休みで日勤者と同じ給料を保証される。家庭生活を犠牲にする事のない多様な勤務形態もあるのだ。彼らは精神的余裕をもって、その時間だけ仕事に没頭できるのだ。それがよい仕事にもつながる。

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5
.「デンマークには3100人の家庭医がいる。」

 デンマークの医師13000人の4分の1に当たる3100人が家庭医である。国民は1年に1回、自分の家庭医を選び、変える事ができる。家庭医は一次医療を担い、90%を家庭医自身が解決し、6%をより高度な医療機関に紹介し、4%を福祉の分野での解決に委託する。ほとんどの国民は何十年もの間同じ家庭医にみてもらうので、家庭医は家族・生活状況を充分に把握しており、日本のように診療所・病院のはしごはなく、無駄な医療費は費やされない。
 家庭医は4,5人で同一建物内で診療所を持ち、共通の事務員(約2名)、看護婦(約2名)をやとっている。診療所では家庭医の1人はたえず交替で休んでおり、バカンスを楽しんだり、研修に出かけたりして、協力体制をとっている。医師一人当りの一日の患者数は約30名で、そのうち約10人が電話再診、往診が一日1件〜2件、残りが診療所での診察だ。1時間に4人位の患者をゆったりと診察するので、患者の満足度は高い。ちなみに経費を全部支払った後の年収は700〜750万円程度。馬車馬の如く、単価の安い出来高払いを積み重ねた上、儲けすぎとマスコミから批判される日本の医師とは随分違う。又、デンマーク国民一人当りの医師外来受信回数は日本の3分の1、医師一人当たりの外来患者数は4分の1である。この事は薬好き、医者好きの日本の国民が実際は、我々医師を真から信頼していない事の裏返しではないか?

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6
.「自立する事はよい事なのか?自立しない方がよい事なのか?」

 デンマークの人達は自立している。子供は18歳を過ぎれば自立し(18歳以上になれば親との同居はきわめてまれ)、親は子供から自立し(いつまでも親子がべったりとしている事はない)、女性は社会に出て働き、税金を納める事により社会的に自立し、男性は家事・育児をすることによって、日常生活において自立している。(「茶・めし・風呂」と言えば全て妻がやってくれる日本とは違う)。
 自立とは「自分の行き方を自分が責任を持って決める」という事であり、年老いて病弱になり、社会介護を受け入れるようになっても貫かれるし、社会も個人の自立=自己決定権を大切にする。
 逆に日本は、今までは自立の必要がなくても暮らしていけた。皆と同じようにしていれば、あまり深く個人で考える必要がない。社会からはみ出さないようにしていれば、事足りた。中高生の制服や塾通いを見れば分るように子供の時から、皆と同じようにすればよいと教えられる。それ故、女性も家事・育児・介護を黙々とすれば、社会から賞賛される。
 先程述べたように、平均寿命がのびた結果、介護の期間が果てしなく長くなったのだ。介護する側の苛立ち・ストレス等のために、悪い場合は家庭崩壊にまでつながる。その点、デンマークのように高齢者も自立し、できる事は何でもし、出来ない所だけ公的サービスに頼る方が、親子の人間関係も優しく豊かなものになるのではないか。

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7
.「高福祉は高くつくように見えるが、結局は安い。」

 デンマークでは大学卒業までの教育費無料、医療費無料、出産しても女性が安心して働ける社会制度、行き届いた看護・介護の制度、年金だけで暮らせる不安のない老後、住宅費の安さ等、社会的弱者になっても堂々と自立した生活が送れる仕組みができている。
 平均的な給与所得者で国・地方税合わせて収入の50%、それ以外に消費税25%等の負担がある。収入の70%以上を税金として納めているわけだ。それでも革命は起きない。
 国民の大切なお金を預かるのは真に尊敬される政治家だ。投票率90%以上で選ばれる市会議員達の生活は質素だ。市会議員は週10時間議員活動をする。その報酬は時給約1000円だ。日本と違って議員になることによる経済的メリットはない。施設長などの本職をもった人達が議員になっている。
 日本では、高い住宅ローン、高い教育費、あてにはならないのにせっせと励む老後に備えての貯金、生命保険料・・・等、ものすごいお金を個人が使っているのではないだろうか?70%の税金より高く使って、不安いっぱいの老後を送るなんて、結局「安物買いの銭うしない」になっているのではないだろうか。
 よい社会を築くのはよい政治家を選ぶ事だ。デンマークの社会は、我々が将来直面するまであろう難題を先取りし、試行錯誤を繰り返しながらよりよい高福祉社会を目指して、たえず新しい政策を現場に直結させて展開している。
 「北欧と日本は次元が異なる。」と一言に言ってしまう前に、たえず変化するデンマークから学ぶ事は、非常に意義のある事であると私は考える。

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藤原医院 院長 藤原明達



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